合気道 覇天会 筆頭師範 藤崎 天敬
はじめに:覇天会が示す新たな指針
なぜ『掌握の境地』が必要なのか:覇天会の「背骨」を確立する
『掌握の境地(アブソリュートコントロール)』とは何か:定義と3つの要件
『掌握の境地』の到達レベル:段階的な目標設定
厳密な掌握の境地(瞬間~10秒以内)の具体例(小手返しの場合)
■掌握の境地に含まれる/含まれないと考えられる例
なぜ「速さ」を追求するのか:実践的理由と自己成長
中核技術『流転する立ち関節(るてんするたちかんせつ)』:変化に対応する実践技術
精神性:『掌握の境地』と『和合』、そして『正勝吾勝勝速日』
覇天会の独自性:理念と実戦性の両立
まとめ:覇天会が示す合気道の進化と道筋
用語解説
合気道覇天会は、実戦的な強さと合気道の深遠な理念の融合を目指し、日々探求を続けております。この度、当会が目指すべき具体的な指針であり、技術的・精神的な最終到達目標として、**『掌握の境地(アブソリュートコントロール)』**という概念を提示いたしました。
本稿では、この『掌握の境地』について、提唱の背景、具体的な内容、そして覇天会が目指す道筋を詳しくご説明いたします。
これまでの覇天会では、伝統的な型稽古から、多様な組手・試合形式(ユニファイド合気道ルール、合気道乱取り試合など)、打撃の捌き、連続技、返し技に至るまで、多岐にわたる修練を行ってまいりました。
しかし、これらの豊富な稽古体系を通じて、最終的に目指すべきレベルや体得すべき事柄について、必ずしも統一された明確な指針が示されていませんでした。
そこで提示されたのが**『掌握の境地(アブソリュートコントロール)』**です。
これは、覇天会における技術と精神性の深化を追求した先に見据える究極的な境地を示すものです。多様であった修練体系に一貫した方向性、いわば**組織全体を貫く『背骨』**を与えることを目的としています。
この概念は、私自身の長年の試合や組手における実践経験、そして真剣な対峙の中で実際に現れる高次の状態を深く分析し、体系化・言語化したものです。
「境地」という言葉が抽象的、あるいは非科学的に感じられるかもしれませんが、これは到達不可能な理想論ではありません。長く厳しい鍛錬を通じて段階的に達成可能であると考えています。その道のりが容易ではなく、深い修練を要するからこそ、単なる「目標」ではなく究極的な到達点として「境地」と表現しています。
『掌握の境地』とは、以下の三つの技術要素を高度に統合・連携させ、相手を冷静かつ確実に制圧する技術体系であり、同時に高い精神性を伴う武道的な境地を指します。
高度な合気技術: 相手の力を利用し、流れに乗り、中心を制する合気道の根幹技術。
洗練された投げ技: 合気によって崩した相手を、効果的に投げる技術。
効果的な打撃: 相手の攻撃を捌き、隙を作り出し、あるいは最小限の威力で制圧を補助するための打撃技術。
そして、これらの技術行使において最も重要な要件となるのが**『相手への配慮』**です。
覇天会が目指すのは、単なる勝利や相手の破壊ではありません。たとえ厳しい状況下であっても、相手に不必要な苦痛や重傷を与えることなく、確実に制圧すること。この倫理的な配慮こそが、『掌握の境地』を構成する不可欠な要素なのです。
この考えは、制圧に要する時間、達成されるべき状態、そして「相手への配慮」といった具体的な要件として定義されています。
『掌握の境地』は、その達成レベルに応じて段階的に捉えることができます。目標達成の現実可能性を考慮し、修行者の意欲低下を防ぐための配慮でもあります。
厳格な定義における掌握の境地:
目標: 瞬間から10秒以内での制圧完了。
状態: 相手に抵抗の隙すら与えず、瞬時に状況をコントロール下に置く、極めて高度な技術と精神状態。
標準的な掌握の境地:
目標: 10秒から30秒以内での制圧完了。
状態: 相手の抵抗を速やかに封じ込め、迅速かつ確実に主導権を握り、制圧する状態。(筆者個人の感覚では、30秒でも「やや時間がかかった」と感じる場合があります。)
広義の掌握の境地:
状況: 相手が高度な技術を持つ武道家である場合など、上記の時間を超えることもあり得る。
状態: 最終的に内容のある形で相手の抵抗を完全に無力化し、制圧できた場合。
対ワンツー攻撃: ワンツーを捌き、その流れで即座に小手返しへ移行し制圧。
掴まれた場合: 体軸への打撃等で相手の体勢を崩し、立て直す間を与えず小手返しで制圧。
対蹴り技: 蹴りを捌き、顔面への手刀などで相手の意識を逸らし、隙を突いて肘締め → 腕を引き抵抗してきたので → 小手返しで制圧。
打撃を防御させて: 顔面への手刀などを相手に防御させ、その防御動作で生じた隙(体勢の崩れ等)を突き一教抑えで崩し → 崩れたところを小手返しで制圧。
対逆突き: 逆突きを捌いた後、効果的な打撃の連打で動きを止め、隙を見て小手返しで制圧。
下段蹴りから: 下段蹴りでバランスを崩し、素早く踏み込んで小手返しで制圧。
※掌握の境地に関する注意点: 相手に過度の怪我を負わせたり、不必要な苦痛を与えたりする行為は、掌握の境地の定義(特に『相手への配慮』)から外れます。
含まれると解釈できる場合:
合気道技で相手の体勢を崩した後、戦意を喪失させるための最小限かつ効果的な打撃(過度のダメージを与えないもの)を用いて迅速に制圧する場合。打撃が「制圧の仕上げ」として機能する場合。
含まれないと考えられる例:
合気道技の後、相手に重傷を負わせる可能性のある過度な打撃を加える場合(『相手への配慮』の要件に反する)。
合気道の技術的要素が不十分で、主に打撃の威力に頼って制圧しようとする場合(合気道の理念や技術体系から逸脱する)。
『掌握の境地』において、特に「厳格」「標準」レベルで「速さ」が意識されるのはなぜでしょうか。これには二つの側面があります。
1.実践的な理由:リスクの低減と安全確保
護身や争いを収める現実的な場面では、対峙時間が長引くほど予期せぬリスク(第三者の介入、武器の使用、怪我の拡大など)が高まります。可能な限り短時間で、安全かつ確実に状況をコントロール下に置くことは、武道の実用性・安全性に直結する極めて重要な要素です。
2.自己成長のプロセス:「正勝吾勝勝速日(まさかつ あがつ かつはやひ)」の実践
実践的な有効性を確保した上で、さらに「速さ」を追求することは、心と技を高いレベルで磨き上げ、自己を成長させるための重要なプロセスだと考えています。これは、合気道の重要な理念である**「正勝吾勝勝速日」**の実践にも繋がります。
速さは「正しい動き(正勝)」の証明: 武道における真の速さは、力任せからは生まれません。体の仕組みに合った、無駄のない、最も効率的な動き(=正しい動き)を突き詰めた先にあります。「速さ」を目標にすることで、ごまかしの効かない技術の正確さ、合理性を徹底的に磨くことになります。
速さは「自己制御(吾勝)」の訓練: 瞬時の判断と正確な動作が求められる状況で、速く、かつ正確に動くためには、冷静さ、集中力、そして迷いのない決断力が不可欠です。これは、まさに「自分自身をコントロールできている状態(吾勝)」です。「速さ」への挑戦は、プレッシャーの中で心を整え、精神的な強さを養う実践的な訓練となります。
速さは「理想状態(勝速日)」への接近: 「勝速日」が示すような、自然で淀みない、争いを超越した理想的な状態。これに近づくには、「より無駄なく、より効率的に、より速やかに」動けるようになることを目指すのが実践的な道です。「速さ」の追求は、常に上を目指し、自己の限界を超えようとする姿勢そのものです。
このように、覇天会で「速さ」を重視するのは、実践的な有効性に加え、それが心を鍛え(吾勝の実践)、技を磨き(正勝の実践)、より高い境地(勝速日的な状態)へと自己を成長させる重要な手段だと捉えているからです。「速さ」は、心技が高度に磨かれた結果として現れる指標なのです。
『掌握の境地』を実現するための中核となる具体的な技術体系が**『流転する立ち関節』**です。
これは、合気道の伝統的な思想である**「武産合気(たけむすあいき)」**(固定された形にとらわれず、状況に応じて無限に適切な技を生み出していく創造性や変化への対応力)を、具体的な技として形にした、実践的な立ち技関節術と言えます。
最大の特徴は、相手の動きや力の変化に即応し、水が流れるように複数の立ち関節技を途切れることなく連動させ、相手の平衡を崩し、制圧へと導く点にあります。固定された型に固執せず、千変万化する状況に柔軟に対応することを目指します。
例えば、相手に手首を取られた際、その反応に応じて即座に肘へ、さらに肩へと技を変化させ連動させます。習熟すれば、状況に応じて3つ、4つ、あるいはそれ以上の技を瞬時に連動させ、相手に反撃や防御の隙を与えずに効果的にコントロール下に置くことが可能になります。この予測困難な「流転」こそが、高度な制圧技術の鍵となります。
『掌握の境地』における**「相手への配慮」(過度に傷つけずに制圧する)という要件は、単なる技術論を超えた重要な精神性**を示しています。
覇天会では、この「配慮を伴う確かな実力」こそが、合気道の理想である**『和合(わごう)』**の精神を真に体現するものだと考えています。
なぜなら、極限状態においても他者への配慮を失わないという姿勢そのものが、高い精神性を示すからです。単に力で相手をねじ伏せるのではなく、争いを未然に防ぎ、あるいは起きてしまったとしても最小限の力で速やかに収拾できる能力。そのような**実力に裏打ちされた内面から滲み出るものこそが、真の『和合』**であると考えます。確固たる実力と自信は、些細な挑発に動じない精神的な余裕を生み、結果として争いを避ける力にも繋がるのです。
そして、前述の通り、『掌握の境地』、特にその「速さ」と「正確さ」の追求は、「正勝吾勝勝速日」(己に打ち克ち(吾勝)、正しくあれば(正勝)、結果は自然と速やかに訪れる(勝速日))という理念を、現実の稽古の中で具体的に実践するプロセスそのものと言えます。速さを目指す厳しい稽古は、心を磨き(吾勝)、技を研ぎ澄まし(正勝)、理想的な状態(勝速日)へと近づくための合理的で大切な道のりなのです。
多くの合気道流派が精神性や伝統的な型を重視する中で、覇天会は合気道の根幹理念(武産合気、和合、正勝吾勝勝速日など)を深く尊重しつつも、実戦的な有効性を徹底的に追求し、そのための具体的な目標(『掌握の境地』)、技術体系(『流転する立ち関節』など)、そして検証の場(組手・試合)を明確に提示している点に独自性があります。
これは、他の武道で追求される『一撃必殺』や『柔よく剛を制す』といった理想や境地に対する、覇天会合気道独自の答え、すなわち**『掌握の境地(アブソリュートコントロール)』**を示すものと捉えることができるでしょう。
合気道の抽象的理念である**『武産合気』を、『流転する立ち関節』という具体的な技術へと展開し、それを練磨することで技術的・精神的到達点である『掌握の境地(アブソリュートコントロール)』を目指す。そして、その先に究極の理想である『和合』**へと至る。
これが、覇天会が示す合気道の修練体系であり、私自身の武道観を集約したものでもあります。
覇天会の進化は、実践ルールの変遷にも表れています。過去の『フルコンタクト合気道ルール』から、顔面への手刀打ちなどを認め技術的深化を促した『ユニファイド合気道ルール』への移行は重要な一歩でした。そして今回提示された『掌握の境地』は、実践レベルの追求と並行し、目指すべき目標や思想的側面においても、覇天会が新たな発展段階に入ったことを示すものです。
この『掌握の境地(アブソリュートコントロール)』という高い目標を共有し、日々の稽古を通じて心技体を磨き、共に成長していくこと。それが願いです。
実力をつけるための日々の稽古の先に、内面の充実によって築かれる真の「和合」があり、実効性のある護身へと繋がる道があると信じています。共に武道の発展、そしてより良い社会の実現に貢献していけることを願っています。
掌握の境地(アブソリュートコントロール): 覇天会が目指す技術的な最終到達目標。高度な合気技術、洗練された投げ技、効果的な打撃を高度に統合・連携させ、相手への配慮(不必要な苦痛や重傷を与えない)を伴って冷静かつ確実に制圧する武道的な境地。
武産合気(たけむすあいき): 合気道の理念の一つ。固定された形(型)にとらわれず、対峙する状況や相手の変化に応じて、無限に最適かつ自然な技(動き)を生み出していく創造性や変化への対応力を指す。
正勝吾勝勝速日(まさかつ あがつ かつはやひ): 合気道の重要な理念。「正勝」は正しい道理や動き、「吾勝」は己の弱い心に打ち克つこと、「勝速日」はそれら(正勝・吾勝)が達成された時に訪れる、時間や空間を超越した絶対的な勝利や理想的な状態を意味する。覇天会では、速さの追求がこの理念の実践に繋がると捉える。
和合(わごう): 合気道の理想とする精神状態。他者と争わず、自然や宇宙の法則と調和することを指す。覇天会の精神的な目標でもあるが、単に争いを避けるのではなく、『掌握の境地』で示されるような、相手への配慮を伴う確かな実力によって、争いを未然に防ぎ、あるいは起きてしまったとしても最小限の力で速やかに収拾できる状態を真の『和合』と捉える。実力と自信がもたらす精神的な余裕が、争いを避ける力にも繋がると考える。
流転する立ち関節(るてんするたちかんせつ): 『掌握の境地』を実現するための中核となる具体的な技術体系。『武産合気』の思想を技として形にしたもので、相手の動きや力の変化に即応し、複数の立ち関節技を途切れることなく流れるように連動させ、効果的に制圧する実践的な立ち技関節術。
ユニファイド合気道ルール: 覇天会で新たに2019年より採用された、より実践的な試合ルール。伝統的な合気道の要素に加え、顔面への手刀打ち・岩石落とし・後ろ首締めなどを認め、技術の有効性を深化させた。